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東京地方裁判所 昭和41年(刑わ)4004号 判決

主文

被告人を、判示第一ないし第八の罪につき懲役一年に、判示第九ないし第一二の罪につき懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中、六〇日を判示第一ないし第八の罪の刑に、四〇日を判示第九ないし第一二の罪の刑に、それぞれ算入する。

押収してある診断書一通(昭和四一年押第一、二八一号の一)の変造部分を被告人から没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三九年一一月下旬頃、東京都新宿区歌舞伎町四番地新宿区役所附近道路において、堀内信久が遺失した同人所有の第二種普通自動車運転免許証(A八六七〇〇七号)一通を拾得したのにかかわらず、速やかに、これを右堀内に返還せず、かつ最寄の警察署長に差し出さないで、勝手に、そのころ同所において自己の用に供する目的で着服横領し、

第二、右免許証を利用してタクシー会社に運転手として雇われようと考え、当時の住居であった同区百人町二丁目一四〇番地富士アパート内の自室において、行使の目的で、ほしいままに、前記東京都公安委員会の記名押印があり、同委員会の作成にかかる堀内信久名義の第二種普通自動車運転免許証の写真欄に貼付してあった右堀内の写真を剥がし、同欄に、当時自己が所持していた第一種自動三輪車運転免許証の写真欄に貼付してあった自己の写真を剥がして、貼り付け、もって、恰も自己が普通自動車の第二種免許を有する右堀内信久であるかの如き外観を呈し、東京都公安委員会の公印があって、同委員会の作成にかかる第二種普通自動車運転免許証一通を偽造し、

第三、同年一二月二二日頃、同都練馬区桜台三丁目九番地東京コンドルタクシー株式会社事務所において、同会社の運転手として就職するに際し、同社指導部長加藤竹雄に対し、自己の氏名を堀内信久と詐称し、右偽造にかかる自動車運転免許証を真正に作成されたもののように装って呈示して行使し、

第四、同四〇年五月四日午後三時七分頃、東京都公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた同都新宿区神楽坂一丁目二番地附近道路において、右最高速度を超え、約六二キロメートル毎時の速度で営業用普通乗用自動車(練五あ七〇六九号)を運転し、

第五、前記第三のとおり氏名を詐称して、前記会社でタクシー運転手として働いていたところ、前記第四の交通違反事実に関する取調のため、同月一八日に、同都墨田区錦糸町四丁目三番地、警視庁交通部交通処理課(墨田分室)に出頭するように告知されたが、偶々同月九日交通事故により受傷し、堀之内外科病院に入院したので、右期日に出頭することが不可能である旨を証明し、かつ出頭期日の延期を求めるため、同院の医師川内正充から、同人の記名押印があり、同人作成にかかる「同月一七日軽快退院せるも向后尚約一週間の安静後療法を必要とする見込なり」との記載ある堀内信久宛の診断書一通の交付を受けたが、後日右処理課に出頭すれば、右氏名詐称の事実、無免許運転の事実及び前記第二の免許証偽造の事実などまでも発覚するに至ると考え、右診断書を変造し、これを右処理課取調担当係官に提出して、出頭を免かれようと決意し、行使の目的をもって、同月一七日頃、当時の住居であった同都杉並区高円寺南五丁目二四番二一号の自室において、ほしいままに、右診断書の前記「約一週間」とあるのを、「一」の字に、万年筆で「二」を書き加えて、「約三週間」と改ざんし、もって、堀内信久こと被告人の加療期間がさらに約三週間を要する旨を証明するが如く同診断書(昭和四一年押第一、二八一号の一)を変造し、

第六、同月一八日頃、前記会社事務所において、同社営業部渉外課渉外係長富沢幸助に対し、右変造にかかる診断書一通を真正なもののように装って交付し、情を知らない同人を介してこれを前記交通処理課宛郵送せしめ、同月二一日頃、同課の取調担当係官に受理させて行使し、

第七、同月一九日頃、同都杉並区東田町一丁目一四番地、警視庁杉並警察署で、交通事故に関して取調を受けた際、同署交通係巡査高橋隆良に対し、前記偽造にかかる自動車運転免許証を前同様真正に作成されたもののように装って呈示して行使し、

第八、同年七月中旬頃、同都練馬区豊玉上二丁目五番地水郷荘アパート二七号室において、崎山真信所有の腕時計一個(価格約七、〇〇〇円相当)を窃取し、

第九、同年一二月一八日頃、同都杉並区高円寺北四丁目二九番一一号光荘アパート六号室において、出島好子所有の指環一個(価格約五、三〇〇円相当)を窃取し、

第一〇、同四一年五月一九日、同都中野区丸山一丁目一五番一二号桜荘アパート三号室において、大沢浩夫所有の短刀一振、トランジスターラジオ一台及び撮影機(八ミリ)一台(価格計約一三、〇〇〇円相当)を窃取し、

第一一、前同日、前記アパート内斎藤文男方において、同人所有の現金二、〇〇〇円を窃取し、

第一二、前同日、前記アパート内井置一海方において、同人所有のポータブルテレビ(東芝製パーソナル・ワイド一二吋)一台(価格約三九、〇〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(累犯前科及び確定裁判)

一、昭和三七年三月一四日、千葉簡易裁判所において、窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、同三八年二月一八日右刑の執行を受け終り、

二、その後犯した窃盗罪により、同年七月二六日、新宿簡易裁判所において、懲役一年に処せられ、同三九年七月一五日右刑の執行を受け終り、

三、同四〇年八月二〇日、東京簡易裁判所において、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪により罰金一五、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年九月四日確定し、

四、同年九月二四日、墨田簡易裁判所において、道路交通法違反罪により罰金七、〇〇〇円及び同三五、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年一〇月九日確定し、

五、同四一年六月一七日、中野簡易裁判所において、道路交通法違反罪により、罰金二、〇〇〇円、一〇、〇〇〇円、一〇、〇〇〇円及び三、〇〇〇に処せられ、右裁判は、同年七月三日いずれも確定したもので、以上の事実は、≪証拠省略≫によりこれを認める。

(訴訟関係人の主張に対する判断)

一、判示第一ないし第三及び第七の各事実に関する公訴棄却の主張について

(一)、弁護人は、判示第一の遺失物横領、同第二の有印公文書偽造、同第三及び第七の同行使の各公訴事実については、刑事訴訟法三三八条四号による公訴棄却の判決を求め、その理由として、被告人は、昭和四〇年九月二四日、墨田簡易裁判所において、道路交通法違反の罪により罰金三五、〇〇〇円に処せられているが、右事件の取調の際、被告人は前記の各犯罪事実を全部自供しているから、起訴検察官はもとより、略式命令を発した裁判官においても当然右各事実を熟知しており、右裁判官は略式命令を発するに当り、前記各犯罪事実を余罪として斟酌したため、右罰金額は、当時の、通常の無免許運転の事実に比し、著しく高額であったのであり、右各罪は余罪として既に法的評価を受けているものであるから、これらの事実を再び処罰の対象とすることは憲法三九条の二重処罰禁止の規定に抵触するものである、と主張する。

(二)、そこで、その当否につき検討するに、高橋隆良及び朝倉茂の検察官に対する各供述調書、≪証拠中略≫昭和四〇年九月二四日付起訴状並びに墨田簡易裁判所昭和四〇年(イ)第二九三〇九二号略式命令(謄本)を綜合すると、被告人は、判示第一ないし第三のとおり、堀内信久名義の運転免許証を拾得し、これを偽造したうえ、自己の氏名を堀内信久と詐称して、東京コンドルタクシー株式会社にタクシー運転手として働いていたところ、昭和四〇年五月九日、交通事故を起こし、同月一九日、警視庁杉並警察署において、司法巡査高橋隆良から、右事故に関し、氏名詐称のまま取調を受けたのであるが、同巡査は、被告人から免許証の呈示を受けたにもかかわらず、偽造の事実を看過し、被疑者氏名堀内信久、罪名道路交通法四条二項違反(信号無視)として、事件を警視庁交通部交通処理課に引き継いだところ、同課において氏名詐称の事実を発見し、再捜査のため記録を杉並警察署に差戻したので、同年九月一三日、被告人は同署において右高橋巡査から再度取調を受け、その際判示第一ないし第三の各事実を自供したのであるが、同巡査は、公文書偽造、同行使等の事実については別個に立件送致する意図の下に、右事件につき道路交通法六四条違反(無免許運転)の事実を加えて、再び前記交通処理課に引き継ぎ、同月二四日、右交通処理課長は、右事件を墨田区検察庁検察官に送致し、同日、同検察庁検察官事務取扱検察事務官は、右事件のうち、無免許運転の事実につき、墨田簡易裁判所宛公訴を提起して略式命令を請求し、同日、同簡易裁判所裁判官は右無免許運転の事実につき、科刑意見通り、罰金三五、〇〇〇円に処する旨の略式命令をなしたことが明らかである。

(三)、成る程、右略式命令にかかる道路交通法違反事件の一件記録には、送致書及び起訴状の他に司法巡査高橋隆良の捜査報告書二通並びに堀内信久及び被告人の右司法巡査に対する各供述調書も添付されていたことが窺われ、右報告書及び供述調書によると、被告人は、第二種普通自動車運転免許を受けないで、営業用乗用自動車を運転し、昭和四〇年五月九日、東京都杉並区高円寺一丁目三二番地先道路において、信号を無視して交差点に進入したため、同所においてバス二台と二重衝突し、約一二八、〇〇〇円の物件損害を伴う交通事故を起こしたこと、右事故に関し、氏名詐称のため二回の取調を受け、後の取調により無免許運転の事実が判明したことなどが明らかであるが、判示第一ないし第三の事実に関連ある部分としては、僅かに、被告人の右司法巡査に対する供述調書中に、「本年一月二日頃新宿区役所前道路上で堀内信久という人の免許証を拾ったので、その免許で東京コンドルタクシー株式会社に勤めました。私には第二種免許の資格がないのにタクシーを運転して交通事故を起こし、すっかり堀内信久になりすまして会社の人や、警察の方々に迷惑をおかけ」したとの供述記載があるのみであって、右供述記載のみによって、判示第一ないし第三の事実を認定することは到底不可能であったというべきであり、当時、他に右事実を認定するに足りる証拠があった形跡は全く存しない。

(四)、ところで、刑事裁判において、起訴された犯罪事実の他に、起訴されていない犯罪事実を量刑の資料として考慮することの可否について案ずるに、起訴されていない事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料として考慮し、これによって被告人を不当に重く処罰することは、憲法三一条、三八条三項、三九条に違反するものとして許されないと解すべきであり(最高裁判所・昭和四〇年(あ)第八七八号・昭和四一年七月一三日大法廷判決、判例時報四五一号二四頁参照)、従って、これと反対に、一旦余罪として認定され、実質上処罰する趣旨で量刑の資料として考慮された犯罪事実につき、後日これを処罰することも、又憲法三九条に違反するものであると解すべきであろうが、反面、余罪を量刑の一情状或いは情状を推知するための資料として考慮するに止まることは、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰しようとするものではないから、必ずしも禁ぜられるところではなく、従ってかように量刑の一情状或いは情状を推知するための資料として考慮されたに過ぎない犯罪事実につき、後日新らたにこれを処罰するようなことになったからといって、直ちに憲法三九条に抵触するものと断ずることはできないものと理解する。

(五)、これを本件についてみるに、前記道路交通法違反被告事件についての略式命令一件記録中には、判示第一ないし第三及び第七の各犯罪事実を認定するに足る証拠はなく、他にこれを認定し得るような資料が介入する余地もなかったこと前叙のとおりである以上、右略式命令が、一見したところでは、通常の無免許運転の事案に比し、罰金額が多額であるかの如き感じがするの一事を以て、直ちに、墨田簡易裁判所において、右各犯罪事実をも余罪として認定し、これを実質上処罰する趣旨で量刑の資料として考慮したものと断ずることはできない。尤も、同裁判所において、右一件記録中に窺われる氏名詐称の点から、公文書偽造等の事実についてまで疑いを抱き、これを情状推知の資料として考慮したか否かは窺い知ることができないところであるが、仮りにこれを右一件記録に現われた信号無視及び物件損害発生の事実などと共に情状の資料として考慮したとしても、その限りでは、憲法三九条に抵触するものでないこと前記のとおりである。

以上のとおりであるから、本件で、判示第一ないし第三及び第七の各事実につき、新らたに被告人の責任を問うことは、決して、既に処罰されたものを更に処罰することにはならないのであって、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

二、道路交通法違反現認報告書の証拠能力について

(一)、検察官は、道路交通法違反現認報告書を刑事訴訟法三二一条三項所定の書面に該当すると主張し、弁護人はこれを争っている。

(二)、そこで、この点を検討するに、元来、右報告書は、道路交通法違反事件の処理を簡易化しかつ迅速化するために考案された通称交通切符と呼ばれる一連の書式の一部で、交通事件原票に接続し、〔1〕、「上記(1)の者にかかる(2)、(3)、(4)、(5)の違反事実を現認したからその状況等を報告する。なお違反者は、上記違反事実について次のとおり供述書を作成した。」という不動文字部分、〔2〕、「私がただいま上記違反をしたことは相違ありません」、「氏名」の不動文字の記載がある「供述書」欄、〔3〕、違反場所の表示、違反現認者(測定者)の記載がある現場の略図、〔4〕、自記式速度測定器により作成されたテープの貼付(契印がある)、及び〔5〕、「特記すべき証拠並びに情状(違反前歴)」欄の各部分から成り立っているところ、右〔1〕は右原票記載の違反事実を現認し、供述書を作成した旨の供述であるから犯行現認報告書に、〔2〕は被疑者の供述調書に、〔3〕は犯行現場の実況見分調書に、〔5〕は現認の際の状況、取調の際の被疑者の弁解及び態度などを特記すべきものと認められた事実の記載がなされた捜査報告書に、それぞれ相当するものと解せられ、そのことから、右現認報告書は、以上の捜査関係各書類を極めて簡略化して一個の文書にまとめたものにほかならないものということができるが、右のうち、〔1〕、〔2〕及び〔5〕の各部分がこれを刑事訴訟法三二一条三項所定の書面に該当するものと解するを得ないことは多言を要しない。

(三)、ところで、右〔4〕に貼付されたテープは、証人湯田好次の当公判廷における供述によると、SNK型自記式速度測定器によって作成されたものであり、右測定器は、警察官が道路交通法違反事件捜査の際、車両の進行速度を計測するために使用する器械であって、車両が一定の距離を走行するに要した時間を計測し、その所要時間(秒数)を、右テープの上に1/10秒単位の目盛りによって記録する装置を有し、計測後右テープに記録された目盛りを読み、その数を時速に換算する仕組みとなっているものである。即ち、右テープは、機械によって計測した時間を、機械によって記録したものであって。交通違反事件(特に速度違反)捜査に際し、捜査官の五感による犯行の現認が困難でありかつ正確を期し難い点を除去するために作成される犯行現認のための補助的手段であると同時に、現場における車両走行時間という客観的事実の記録でもあることが明らかである。従って、右テープは、右報告書における〔2〕の現認報告書の部分と〔3〕の実況見分調書に相当する部分とを、同時に説明補充する二つの役割を兼ね備えているものということができる。

(四)、かように、右テープの機能を二つに分けて考えると、その一は、車両の走行時間測定の記録として、〔3〕の略図と一体をなすもので、通常実況見分調書、或いは検証調書に添付された写真などと同様に解するのを相当とすべきところ、前記証人の供述、被告人の当公判廷における供述及び交通事件原票によると、右テープは、被告人の運転する車両の進行速度を測定した結果作成されたものであること、捜査官において、定期的にかつ使用直前に前記測定器の検査を行い、故障のないことを確認していること、及び爾後に右テープに人為的操作を加えた事実のないことなどが認められるから、右報告書から、〔1〕、〔2〕及び〔5〕の各部分を排除した部分、即ち〔3〕の略図及び右テープは、検証調書について刑事訴訟法三二一条三項に規定するところと同一の条件の下にこれを証拠とすることができると解するのが相当である(東京高等裁判所・昭和三八年(う)第八二九号・同年九月一一日判決、判例時報三五七号四九頁参照)。

(五)、よって、当裁判所は、前記報告書中〔1〕、〔2〕及び〔5〕の各部分を除いた部分を前同条項所定の書証として採用した次第である。

三、富沢幸助に対する変造私文書行使の点について

(一)、昭和四一年九月二日付追起訴状記載の公訴事実第二の後段は、被告人は、昭和四〇年五月「一八日ころ、同都練馬区桜台三丁目九番地東京コンドルタクシー株式会社事務所において、同社渉外係長富沢幸助に対し、右変造診断書一通を真正なもののように装って交付して行使し」たというのである。

(二)、そこで、この点につき審究するに、≪証拠省略≫を総合すると、判示第五及び第六の各事実のほかに、東京コンドルタクシー株式会社(以下会社という)渉外係長富沢幸助は、入院中の被告人から、「墨田区検から呼出が出ているけれど、出頭できない。」旨の相談を受け、墨田区検察庁交通部へ問い合わせたところ、出頭不能であれば、その理由を証明するものを送るようにとの指示を受け、その旨を被告人に連絡し、その結果、被告人は、川内医師から診断書の交付を受けて、判示第五のとおり変造を遂げた後、これを富沢に交付し、同人が手紙を添えて右診断書を右検察庁交通第一課分室宛郵送し、警視庁交通部交通処理課の担当官が受理したものであること、(1)、右診断書は、右交通処理課に提出する目的で、被告人が交付を受けたものであって、会社としては被告人から右診断書を提出させる必要はなかったこと、(2)、本来、右診断書は、被告人自身が直接右交通処理課に提出すべきもので、会社を経由して、或いは会社から提出しなければならないものではないこと、(3)、しかしながら、従来、会社の渉外係としては、使用人である運転手の交通事故などの際、運転手から相談を受け、或いは警察署などからの問合わせに対し、会社の業務ではないが、運転手と警察署などとの仲介を通常行なっていたので、被告人の場合も、右と同様に、富沢が被告人に代って、郵送するため、被告人から右診断書を受け取ったものであること、(4)、富沢は、右診断書を受領した際、被告人の氏名と病院名を見た程度で、日付の有無の点はもとより、右診断書の記載内容については、殆どこれを見ていないこと、(5)、手紙及び封筒の差出人は堀内信久となっていることから、富沢が被告人の手紙を代筆したものであることなどの諸事実が明らかである。

(三)、右事実に徴すると、本件では、被告人は、情を知らない富沢を介して変造診断書を墨田区検察庁宛提出して行使する意図の下に、これを富沢に交付したものであって、判示第六のとおり、一個の変造私文書行使罪が成立するに過ぎないものと解するのが相当である。従って、富沢に対する行使の点については、結局、犯罪の証明がないことに帰するが、右は、判示第二の私文書変造罪と牽連犯の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから、主文において特にこの点につき無罪の言渡をしない。

四、被告人の司法警察員に対する昭和四一年七月二一日付、同月二三日付及び同月二九日付各供述調書の任意性について

(一)、弁護人は、被告人の司法警察員に対する右供述調書三通は、任意性に疑いがあるので証拠となし得ないものであると主張し、その理由として、(1)、両手錠をかけられたまま取調を受けた際の供述であること、(2)、右取調の際、侮辱暴言を以てする自白の強要があったこと、(3)、長期間の勾留の後における自白であること、(4)、自供当時、被告人は眼疾に罹患しており、眼の治療と引き換えに自白を強要されたものであることなどを挙げている。

(二)、そこで、この点につき案ずるに、≪証拠省略≫を総合すると、被告人は、昭和四一年六月七日、判示第一二の窃盗容疑で警視庁野方警察署に逮捕、勾留されたが、同月二八日、中野区検察庁において、右被疑事実につき、嫌疑不十分の理由で不起訴処分を受け、同日釈放されると共に判示第二の公文書偽造容疑で同署に再逮捕、勾留され、同年七月一五日、右公文書偽造の事実で起訴され、引き続き同署に留置されていたものであるが、前記窃盗に関する取調は対馬亟巡査部長及び赤松賢三巡査が担当し、対馬が主に、赤松が補助として被告人の取調を行ったが、被告人は、当初から、右窃盗の容疑事実を否認していたところ、対馬らは、被告人が犯人であることに間違いはないとの確信を抱いて、再逮捕後も右窃盗の点につき、捜査を継続し、右被疑事実及びその他の窃盗容疑事実について、主に賍品の処分先を調べるなどして裏付捜査を行い、同月一八日頃に至り、賍品の処分先が判明し、同月二〇日に至り、被告人が自供するに至り、右自供に基いて前記三通の供述調書が作成されたものであること及び被告人は、右勾留中の同月上旬より右眼の疼痛を訴え、医師の診療を求めていたが、同月一九日に至り、右対馬らに付添われて中野病院に赴いたところ、特に専門的処置を必要としない軽度の右眼瞼炎兼結膜炎と診断され、同日以後、同月二三日迄連日通院して治療を受けた結果、軽快したものであることなどの事実が認められる。

(三)、又、前記各証人の供述によると、対馬は、被告人が取調その他の警察における取扱いに対し、不満を抱いていると感じたので、右の不満を解消するため、屡々、対馬らのいう「雑談」を被告人と行って、被告人を打ち解けさせ、被告人が積極的に自供するに至るまで「取調」を行わず、その間極力「説得」に努め、又赤松は、屡々、右「雑談」をするために、被告人を房から出して調室に入れ、同室において、被告人と家庭の状況について語り、或いは被告人に喫煙させたり、食事を取らせたりしたが、右「雑談」の際、対馬らは、「説得」として、「本当はどうか。」、「本当のことは一つしかない。」、「お前がやったのではないか。」、或いは賍品の処分先が判明したことをほのめかして、「この際言った方がよいのではないか。」などと被告人に申し向けたことのあること、右対馬らは「取調」と右雑談を歴然と区別し、「取調」の際には必らず被告人の右手の手錠をはずして左手にこれをまとめてかけておいたが、「雑談」の際には両手錠を施したままのこともあったことなどの事実も認められる。

(四)、ところで、対馬らのいう「雑談」とは何か。取調が取調官と取調べを受ける者との人間関係である以上、取調を円滑に行うため、取調官と取調を受ける者、殊に被疑者との間に人間的な信頼関係を醸成することが必要であることはいうまでもないが、そのための会話と取調自体とが全く別個のものであると断言できるか否かは大いに考慮を要する点である。前記のとおり、赤松は、被告人に対し、極めて屡々「雑談」を行っているのであるが、その内容は必ずしも明確ではない。それが、文字通り、被疑事実と無関係のものであるならば、何故に、殊更調室において屡々これを行う必要があったのか疑問の存するところである。まして、被疑者が自供するに至る迄「雑談」にのみ時を費やすが如きことなどは、理解に苦しむところである。又、対馬らのいう如く、右「雑談」と「取調」とを歴然と区別することが果して可能であるか否かも、問題の存する点である。いわゆる雑談や説得を一概に非難し去ることはできないにしても、身体の拘束を受け、同一の調室において同一の取調官に相対している被疑者にとって、取調を受けている者としての立場と雑談の相手としての立場を区別して応待することは、いうべくして、事実上は不可能に近い場合が多かろうと考えられるばかりでなく、客観的にも、取調官と被疑者の間になされる個々の問答、応酬につき、それが被疑事実の取調に属するか否かを判別することは極めて困難であるというべきであり、更に右「雑談」の際に前記認定の如き内容の問答が行われたとすれば、これを「説得」と呼ぶか否かはともかく、とりも直さず、被疑者の自供を求めるための取調といわざるを得ないものがあるように考える。要するに、対馬らのいう「雑談」は、被疑者に対する取調の一環をなすものであって、到底、これを取調と別個のものであると解することはできない。

(五)、勾留されている被疑者が、捜査官から取調を受ける際、手錠を施されたままであるときは、特別の事情のない限り、その供述の任意性について一応疑いをさしはさむべきものであるところ(最高裁判所・昭和三七年(あ)第二、二〇六号・同三八年九月一三日第二小法廷判決参照)、本件においては既にみたとおり、「雑談」と称して、被告人に両手錠を施したまま一部の取調を行ったことは否定し難く、加うるに、右自供に至る迄の捜査経過及び勾留期間、右眼瞼炎等罹患の事実並びに被告人の当公判廷における証人対馬函、赤松賢三に対する尋問内容及びその態度などに徴しても、被告人の前記自白の任意性については、当裁判所としては、疑いを完全に払拭することができなかった。従って、被告人の司法警察員に対する前記供述調書三通は、これを排除して、証拠としない。

(法令の適用)

(一)、被告人の判示所為中、第一の遺失物横領の点は刑法二五四条、罰金等臨時措置法二条・三条一項一号に、第二の有印公文書偽造の点は刑法一五五条一項に、第三及び第七の各偽造有印公文書行使の点はいずれも同法一五八条一項・一五五条一項に、第四の速度違反の点は道路交通法六八条・二二条二項・九条二項・一一八条一項三号、同法施行令七条、東京都道路交通規則六条、罰金等臨時措置法二条一項に、第五の私文書変造の点は刑法一五九条二項・一項に、第六の変造私文書行使の点は同法一六一条一項・一五九条二項・一項に、第八ないし第一二の各窃盗の点はいずれも同法二三五条に該当するところ、(二)、判示第二の有印公文書偽造と同第三及び第七の偽造有印公文書各行使の間並びに判示第五の私文書変造と同第六の変造私文書行使の間には、それぞれ、手段結果の関係があるから、刑法五四条一項後段、一〇条により、前者につき犯情の最も重いと認める判示第三の偽造有印公文書行使罪の刑で、後者につき犯情の重い判示第六の変造私文書行使罪の刑で各処断することとし、又、判示第一及び同第四の各罪につき、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、(三)、被告人には前記一、二の前科があるので判示第一、第二・第三・第七、第四、第五・第六、第八ないし第一二の各罪につき刑法五九条、 五六条一項、 五七条に従って各法定の加重をし、(四)、なお、以上の各罪と前記五の確定裁判のあった罪及び判示第一、第二・第三・第七、第四、第五・第六、第八の各罪と前記三及び四の確定裁判のあった罪とはそれぞれ刑法四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法五〇条に従ってまだ裁判を経ていない以上の各罪につき更に処断することにするが、(五)、判示第一、第二・第三・第七、第四、第五・第六、第八の各罪及び第九ないし第一二の各罪はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条、一四条を適用して、前者につき最も重い判示第三の偽造有印公文書行使罪の刑に後者につき犯情の最も重い判示第一二の窃盗罪の刑に、それぞれ法定の加重をした各刑期の範囲内で処断すべく、(六)、被告人の前歴、判示第二、第三、第七の各罪については捜査及び公訴提起の経過並びに判示第八ないし第一二の各窃盗については一部被害の回復がなされていることなど諸般の情状を考慮し、被告人を、判示第一ないし第八の罪につき懲役一年に、判示第九ないし第一二の罪につき懲役一〇月に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中、六〇日を判示第一ないし第八の罪の刑に、四〇日を判示第九ないし第一二の罪の刑にそれぞれ算入し、押収してある診断書一通(昭和四一年押第一、二八一号の一)の変造部分は、判示第五の私文書変造の犯罪行為により生じ、かつ判示第六の変造私文書行使の犯罪行為を組成したものであって何人の所有をも許さないものであるから、刑法一九条一項三号・一号・二項に則ってこれを被告人から没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により、すべてこれを被告人に負担させないこととする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竜岡資久 裁判官  原孟 久米喜三郎)

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